【Vol. 09】北斎でつながる、小布施とすみだ

輪旅第九弾、今回のゲストは書家・禮生れいぶさん。
2017年1月に行われたすみだ北斎美術館の新春イベントで葛飾北斎にまつわる大書パフォーマンスを披露してくださいました。
そんな禮生れいぶさんは葛飾北斎とすみだと縁の深い長野県小布施町出身。
北斎や小布施町でのエピソード、それからすみだへ拠点を移したきっかけなどを伺いました。
学芸人の二人とのトークは必見!

「書」でつながる場所を作れたら

ふとめ:葛飾ふとめ
ぎょろめ:ぎょろめの
ふとめぎょろめ:輪になって北斎!
ぎょろめ:さあ、始まりました輪旅第9弾。今日は北斎に縁のある長野県小布施町出身の書家・禮生さんのお宅にお邪魔しています。それでは禮生さん、よろしくお願いいたします。
ふとめ:よろしくお願いいたします。
禮生さん:よろしくお願いいたします。ようこそいらっしゃいました。

今回のゲスト・禮生さん

ぎょろめ:まずは少しご紹介させていただきます。禮生さんは葛飾北斎つながりで墨田区と縁の深い長野県小布施町出身で墨田区在住の書家。2017年1月にはすみだ北斎美術館の新春イベントで北斎にまつわる大書パフォーマンスを披露されました。あれは本当にすごかったよね。

大迫力の大書パフォーマンス

ふとめ:まさに大迫力!
ぎょろめ:ダイナミックなパフォーマンスに圧倒されたんですが、普段はどのような活動をされているんですか?
禮生さん:ありがとうございます。そうですね、ご覧のとおり書の作品を作っておりますが、1月のイベントの様にライブパフォーマンスをすることも多いですよ。イベントを盛り上げようとか、学校を盛り上げようという時によくお呼びいただきます。主催者の方の思いを聞いてその気持ちを書で表現していまして、イベントのオープニングアクトを務めることが多いです。あとは個人の方で結婚式にお呼びいただいて書を披露することがあります。

1月のイベント時の様子

ぎょろめ:1月のイベントでも感じたのですが、禮生さんの書ってなんかこうおめでたい感じというかありがたい印象を受けますよね。
禮生さん:あはは、ありがとうございます(笑)
ぎょろめ:1月のイベントはすみだ北斎美術館が初めて迎えるお正月ということで、私たちも微力ながらお手伝いさせていただきましたが、禮生さんのパフォーマンスには及ばなかったかな・・・。

ふとめ:派手さはあったでしょう!それにしても、禮生さんの普段のニコニコしている柔和な表情から書に取り組む時の表情がとても鋭くて正直少しドキッとしました。
一同:(笑)
ぎょろめ:1月のイベントは来場者の方々と書のワークショップもされていましたけど、普段も教えていらっしゃるんですか?

ワークショップの様子

禮生さん:そうですね、定期的にワークショップをやっておりまして、個人の方から団体まで幅広くやっていますよ。最近ですと、とある企業で書を用いたコミュニケーションをテーマに実施しました。好きな文字を書いてその人の人物像を互いに読み解くというような内容ですね。そうすると不思議なことに言葉をつかったコミュニケーションよりも心の距離が近づくんですよ。

学芸人の二人も書初めをしました。

ふとめ:私たちもそういえば1月のイベントで書のワークショップに参加しましてね。その時は自分の名前を書いたんですけど、禮生さんに「ふとめさんは優しい方なんですね」とコメントしていただいたのを覚えています。禮生占い良かったですよ。
禮生さん:ありがとうございます(笑)
ぎょろめ:筆の使い方などで性格を診断してくれるのは嬉しかったよね。禮生さんのワークショップはきれいな文字を書くためのワークショップというよりは自分の心を開くというか自身を見つめるためのものなんですね。精神修行というかなんというか。

禮生さん:そうですね。精神修行や精神鍛錬の場でもありますけれど、自己表現の場でもありますね。人と人が楽しくつながっていける場所を作るというのが、書を通じてやりたいことの一つなんですよ。
ふとめ:禮生さんのホームページに輪を描いた作品が掲載されていたのはそういうメッセージが込められていたんですね。
禮生さん:そうですね。
ぎょろめ:いわゆる書道教室というものではなくて、楽しく書きながら自身を見つめられるっていいですね。

禮生さん:書って鑑賞するものでもありますけど、体感しながら知らない自分に気づける自己発見みたいなこともできるんですよ。誰かに見てもらいたい気持ちって誰しもあるじゃないですか。そんな気持ちをわき起こす手段の一つとして書を使ってもらえたら嬉しいですね。

おしゃべり大好き少年から書家へ

ぎょろめ:禮生さんがそもそも書の道を志したきっかけは何だったのでしょうか。
禮生さん:そうですね、9歳の頃からしばらく書道塾に通っていて、そのきっかけが母だったんです。当時、私は本当にやんちゃでうるさくて喋るのが大好きな少年だったんですよ。席替えで積極的に前の方に座ってずっと喋ってるみたいな。
ぎょろめ:私は後ろの方で様子を見てるタイプです。
ふとめ:私はそんな中こっそり寝てるタイプです。
一同:(笑)

ぎょろめ:またなんでお母様が書のきっかけになったんですか?
禮生さん:はい。そんな少年だったもんですから、担任の先生から「ラジオ」ってニックネームをつけられていたんですね。放っておくとずっと喋っている、と通信簿に書かれていました。それを見た母が、少し落ち着いて物事に取り組むことを学ばせるために書を勧めてくれたんです。小布施町の優しい先生にしばらく習っていたんですが、本当にハマってしまったんですよ。週1回、10枚くらい書くだけですけれど、とても楽しかったのを覚えています。次回はもっと上手く書けるかなとワクワクしていましたね。
ぎょろめ:9歳くらいの年頃で、ましてやお喋り大好きな少年が大人しく筆を運ぶのはあまりイメージできませんね。

禮生さん:そうですよね、その書道塾に男子は私だけでした。いま思うと、書道塾では達成する経験を積む機会だったのかなと思います。そのまま中学以降も書道を続けていましたが、理系の勉強の楽しさに気づいて猛勉強していましたね。化学系メーカーに勤めたこともあります。
ぎょろめ:勉強と並行して書にも取り組んでいたんですね。
禮生さん:そうですね。18歳の時に地元のお蕎麦屋さんに依頼されてお品書きを書いたことがありますよ。それが初めてのお仕事で、嬉しかったのをよく覚えています。ただ、前述のとおりそのまま書家の道には進まなかったんですね。勉強が楽しかったのもあって、技術系のエンジニアになろうと舵を切ったんです。あとでエンジニアって孤独な仕事だと気づくんですけど。

ぎょろめ:そうですよね。黙々と作業をしているイメージがあります。
禮生さん:はい。それで元々ラジオと呼ばれるくらいお喋りが大好きな人間なのに、ずっと研究したり作業するのが肌に合わなくて体調を崩したことがありました。その時に立ち止まって自分の人生をゆっくり見つめなおしたんです。自分に何があるか考えたら、母が教えてくれた書があったことを思い出してひたすら書に取り組みました。不思議なことにもの凄く元気になったんですよ。
ぎょろめ:その時は展示したり発表するわけでもなく、お仕事をする傍ら趣味として書をされていたんですね。

禮生さん:そうですね。自分のために書いていました。誰かのために書くのではなくて、自分のために書くっていうことを10代後半からやっていたんだと思います。

ぎょろめ:発表会で認められたいというわけではなくて、自分の内面を掘り下げて見つめるためにされていたんですね。
禮生さん:そうですね。そうすることで自分に活力が湧いてきたり、今日も頑張ろうと思えるようになったんですよ。その時に、ひょっとしたら自分はこの書の道の方が人の役に立てるんじゃないかなって思ったんです。自分と同じ体験を他の人にも味わってもらえたらって。自分の心を元気にする作用がどうやら芸術にはあって、書道はうってつけだと思ったんです。それで思い切って退職して関東の方に引っ越しました。それが書家を目指した転機ですね。
ぎょろめ:ラジオな自分に戻れたわけですね。
一同:(笑)

禮生さん:その時の自分にピッタリな表現ですね。自分に戻れた、まさにそういうことです。

ぎょろめ:書家として歩むことになり「禮生」という雅号にされたわけですが、これはどういった意味をお持ちなんですか?
禮生さん:はい。まず「禮生」の「禮」は「礼」という字の旧字体です。この字は書道というもの始め様々なものを与えてくださったことに対する感謝の気持ちの意味を込めています。それで、せっかく生きているならば受け取ったものをお返ししていく、それと個性的な自分の表現をしていく生き方にしていこうということで「禮生」という雅号にしました。
ぎょろめ:それはご自身で考案されたんですか?
禮生さん:これは長野県出身のカウンセラーの方がいて、その方と話しているうちにこんな雅号にしようという風に決まりました。

禮生さん:嬉しいですね。いま言われて気づきましたけれど、血のつながった家族以外に日常の社会の中でも家族のような感覚を感じる場所があればそれだけで元気になれる気がするんですよ。それがお気に入りのカフェであってもいいし、お気に入りの人でもいいと思います。そういう風に安心して自分をさらけ出してお互いに褒め合える、認め合えるような環境があれば元気に生きていけるんじゃないかと思うんですよね。
ふとめ:私、いまの話を聞いてふとお気に入りの飲み屋がいくつか思い浮かびました。
禮生さん:そうですそうです。そういうことです。
一同:(笑)

ぎょろめ:ここから一気に北斎に関連したお話を伺います。
禮生さん:はい。本題ですね。
ぎょろめ:北斎に縁のある小布施出身の禮生さんですが、小布施町で聞いた北斎のエピソードは何かありますか?
禮生さん:そうですね。エピソードというか、私の実体験に基づいたお話をしますね。私が幼少の頃に小布施町の北斎館が完成したんですが、その頃急に黒塗りの車がたくさん来るようになったんです。
ふとめ:どういうこと!?

小布施イズム

禮生さん:要するに観光目当てで来るリッチな方々が来てたわけです。良い観光地と知ってたくさん人が押し寄せる前にそのことをいち早く知る方っているじゃないですか。そういう方が来てたんですね。
ぎょろめ:流行を発信するような方々が来てたんですね。

禮生さん:そうですね。私が道端で遊んでいる頃に黒い車がやってきて、こう聞くんです。「坊や、北斎館って分かる?」って。そんなもんで道の先の北斎館まで自転車で案内したことがありますよ。
ふとめ:そんなことあるんですか?
禮生さん:実はそれって学校で言われてたことなんです。北斎館っていうのがこの町にはあって、もしその場所に行きたい人がいたら案内してあげてと言われました。小布施町出身の同年代の人たちに聞いたら、どうやら同じ経験があるそうなんですよ。そんな経験もあって北斎館というのがこの町の誇りなんだっていうのを小さいながらに感じました。それが北斎との出会いですね。
ふとめ&ぎ:なるほど。

禮生さん:エピソードとしては高井鴻山ですね。簡単に言えば北斎のパトロン的立ち位置の方ですが、豪商であり豪農で芸術家でもありますよね。その方が北斎を小布施に呼んで自分の屋敷に住まわせたそうなんです。一緒に生活する中で学び合ったと言われています。
ふとめ:高井鴻山が北斎を師として慕ったと聞いたことがあります。

禮生さん:そうですね。高井鴻山からしたら北斎は先生にあたるでしょうし、北斎からしたら住まわせてくれるダンナ様みたいな感じですよね。上下関係はありながらもお互いを尊重して認め合ってたと言われていますね。小布施町にある高井鴻山の記念館には北斎の拠点だったといわれるスペースもありますよ。どうやらそこは社交場だったらしいです。江戸時代の著名な方々が集まり、北斎もそこに加わって議論を交わしたなんて話も聞いたことがありますよ。
ふとめ:そうなんですか!?

禮生さん:真偽のほどは定かではありませんが、小布施にいた頃はそんなエピソードを聞いたことがあります。多くの人が出入りしてそこに北斎が交じっていたという話ですね。
ぎょろめ:すみだでは引っ越しの話とか甘いもの大好きとかそんなエピソードが残っていますが、小布施ではまた違った一面を見せていたんですね。
ふとめ:作品をというよりかはここで生活していたことを先に学ぶのかもね。
ぎょろめ:うん、新鮮だよね。喋ってたんだと思って。
一同:(笑)
ふとめ:それは喋るでしょうよ!

ぎょろめ:描いてるだけのイメージってあるじゃない。
禮生さん:布団を被って朝から晩までひたすら作品を描いてるイメージがありますよね。北斎が83歳で初めて来た小布施ですが、その地名の由来で好きなものがあるんですよ。
ぎょろめ:どんなものですか?
禮生さん:由来は諸説あるんですが、私が好きなのは人と人が会うという意味の「逢瀬」にちなんでいると聞いたことがあります。実際に「逢瀬神社」というのもあるんですよ。人と人が実際に行き交って交流するっていうのがもしかしたら北斎のいた頃から続く小布施イズムみたいなものなのかもしれません。

ふとめ&ぎ:なるほど・・・。
禮生さん:実際、外から来た人には冷たくしないんですよ。
ぎょろめ:私たちも行ったことありますけど、親切な方々が多かったです。

禮生さん:そうなんですよ。「よく来たね~」とか、久しぶりに帰っても「元気にしてるか」とか声をかけてくれるんですよ。そういう、人との交流っていうキーワードを北斎や小布施からは感じ取れますね。
ぎょろめ:北斎自身が人嫌いとか変わり者だったっていうエピソードが残っていて、そんな人がなぜ小布施に何回も行ったのか謎だったんですけど、小布施の方々の開かれた地域性とかほど良い距離感がもしかしたら心地よかったのかもしれませんね。

禮生さん:もしかしたらそうかもしれないですね。おっしゃる通り、完全に誰もがオープンというわけではないですが、地元の人同士でつながりつつ外から来た人も暖かく迎えるという風土はありますね。
ぎょろめ:禮生さんの北斎館を案内したエピソードでもあるように、江戸時代からその地域性みたいなものが受け継がれているんですかね。
禮生さん:そうなのかもしれないですね。

墨田区へ拠点を移した決め手

小布施町と墨田区は友好都市の関係。紙面交換も行いました。

ぎょろめ:そんな暖かい小布施町と墨田区は友好都市の関係で、先日紙面交換を行いました。こちらがその紙面です。禮生さんは小布施町からここ墨田区へ拠点を移されましたが、なぜ墨田区を選ばれたのでしょう?
禮生さん:これはですね、実は色んなご縁があったんです。まずは私の父が建築関係の仕事をしていて、墨田区の職人さんとの研修会みたいなものによく参加していたんですよ。
ふとめ&ぎ:へえ~!

禮生さん:そんなこともあって無意識のうちに墨田区というワードが私の中にはあったんでしょうね。私が墨田区へ引っ越してきたのは5年くらい前ですけれど、それまでは埼玉県とか色んなところに点々としていたんです。そんな中、本格的に腰を据えて書に取り組みたいと考えて東京中探して見つけたのが墨田区だったんですね。東東京に残っている江戸文化に触れたいっていう気持ちが元々あったりとか、墨田区を実際に歩いた時に街並みがきれいだなって思ったことも決めての一つです。昔ながらのお店があったりとかもして。それで父がよく訪れていた街であって、しかも大好きな葛飾北斎が生まれた街ということに気づいて一気に好きになりました。ここでずっとやっていくんだなあと感じたのが正直な感想です。

ぎょろめ:来るべくしてやってきた感じですね。
禮生さん:そうですね。しかも墨田区に引っ越してきてから知りあいが一気に増えました。住み始めてからどこか安心しました気持ちがありましたね。東京も色んな地域がありますけど、中でも墨田区は街の人が良いんですよね。商店街でお店の方に声をかけてもすぐに返してくれるので仲良くなることがよくあります(笑)。
ふとめ:いいですね。
禮生さん:墨田区の中で転居したことがありますが、いずれも近くの喫茶店とか居酒屋の方とはすぐに仲良くなりましたね。

ふとめ:ほど良い距離感で迎えてくれる暖かい雰囲気がありますよね。墨田区の人って。
禮生さん:毎日、ニュートラルな状態で接してくれますね。極端に表現すると、昨日がどんなでも今日が楽しければいいじゃないみたいな。一言挨拶するだけで人間関係ができちゃう、そんな感じです。

ぎょろめ:ちょっと前の話で禮生さんがワークショップで呼吸や心を落ち着けてリセットしてから書く様なことを伝えてるとおっしゃってましたけど、禮生さん自身も呼吸がしやすくて安心できるような環境を自然と選ぶのかなと思いました。
禮生さん:なるほど。そうかもしれないですね。

挑戦していける美術館

ぎょろめ:それでは最後の質問です。禮生さんが大書パフォーマンスを披露された場所でもある「すみだ北斎美術館」その魅力はどんなところにあるか、もしくは感想などがあれば教えてください。
禮生さん:はい。私は美術館が開館する前から色んなお手伝いをさせていただいておりまして、それこそ「すみ夢」プロジェクトですとか、その名前が付くもっと前に区役所1階でワークショップをさせていただいたりとかですね。そんな中で、区役所の方とお話して北斎を通じて人が集まったりとか行き交う場所になったらいいねって話してたんですよ。私はそんな気持ちに貢献したいなって思いましたね。美術館では1月のイベントでお世話になりましたけれど、建物にどこからでも気軽に入れるような作りですよね。それがすごくいいなと思いました。それから学芸員さんがとっても個性的で面白いですよね。
ふとめ&ぎ:そうですよね(笑)

すみゆめ踊行列時の書道パフォーマンス

禮生さん:作品の魅力もありますし、北斎の時代を追っていくような展示の構造も魅力ですけれど、あそこに行ったら人と喋れるのが魅力ですね。受付の方は気さくな方がいらっしゃいますし、学芸員さんも聞いたらなんでも教えてくれますからね。
ぎょろめ:ふとめの場合は勝手に学芸員さんをつかまえて立ち話するクセがありますよ。
ふとめ:いいじゃないの~。

禮生さん:ははは。私は葛飾北斎を語れるほど専門家ではありませんが、あの場所で活動できた人間としてこれからの美術館がやっぱり楽しみですね。講座室があって図書室もあるので、これからもっと人が集まったらいいですよね。北斎は小布施に通うくらいですから、きっとお祭り好きだったんじゃないかなって思うんですよ。それから尾張の国で巨大な紙を広げてパフォーマンスしたりとか、斬新な構図や色合いを生み出したりするので新しいものが好きな一面もあると思います。なので、美術館もそんな北斎みたいにどんどん新しいものに挑戦していける器量を持っているところが魅力だと思います。

ぎょろめ:北斎もいた小布施の社交場のように人と人とがつながって、まさに輪になれたら素敵ですよね。実は1月のイベント後からずっと禮生さんにお話を聞いてみようと考えていて、今日はそれが実現しました!禮生さん、本日はどうもありがとうございました。
ふとめ:ありがとうございました。
禮生さん:ありがとうございました。

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